セシル・エ・ジャンヌと契約するため、友人2人とパリへ乗り込み何とか契約までにいたったエピソードです。

いざパリへ!今回はなぜか3人旅、思いは果てしなく…



2013 年の春、セシル・エ・ジャンヌとの契約を締結すべく、友人 2 人とパリへ 飛び立ちました。旅行気分?いえいえ違います。私以外の2人は、私が鎌倉で 専業主婦生活を送っていた頃に不思議なご縁で出会った友人、プランナーのマイコちゃんとアートディレクターのフルタヨウスケさんでした。
当時2人は 有機米をオシャレな缶詰にしたギフト米の卸売販売をスタート。2人のセンスが凝縮された商品を近年の日本食ブームを追い風にして、なんとか海外へ向けて売り出そうという夢を現実にしようと奮闘していました。
2人には、ビジネスパートナとして立ち上げ当初の仕事をお手伝い頂きました。私のパリヘの旅程と彼らのヨーロッパでの販路開拓を考えていた時期が一致したこともあり、日程をすり合わせて3人で旅立つこととなりました。彼らの現地での交渉時には私が得意の英語を生かして同行し、代わりにセシルのパンフレット等の企画立案(舞子ちゃん)、デザイン作成(フルタさん)を依頼。餅は餅屋ではありませんが、それぞれの得意分野を生かして協力できる部分は協力し合って事業を進めていこう、ということにしました。1週間シテ島にアパルトマンを借りて商談の前後などの時間を使い連日の作戦会議に明け暮れた日々は、その後のブランド展開における様々なヒントを得ることができ、今思い返しても貴重な経験です。日本のショッパー、パンフレット、取扱説明書などのツールは主にこの2人が作成したものを今でもアレンジを加えながら使用しています。

なんといきなりボンマルシェで商談!



出発前のことですが、お米ギフトの販促のため、高級食品スーパーとして有名 な「ボンマルシェ」に飛び込みで問い合わせをしたところ、なんとアポイントを取り付けることができ、滞在中にバイヤーと商談する運びとなりました。まさかのボンマルシェ、その場でバイヤーも商材を気に入ってくれたのですが、その先の条件が折り合わず進展することはありませんでしたが、ボンマルシェのバイヤーとの商談も人生ではなかなか経験できない貴重な体験でした。

大切な友人に感謝


人生本当にご縁だと思います。パソコン・機械オンチの私を支えセシル・エ・ジャンヌの礎を築いてくれたマイコちゃん、フルタさんには感謝の言葉しかありません。この場を借りて改めて、感謝の気持ちをお伝えします。ありがとうございました。その後ギフト米は生産を終了してしまいましたが、2人はそれぞれの分野で活躍しています。
そしてパリからの帰国後、その年の9月に2人の協力のもとセシル・エ・ジャンヌは公式Webサイトをオープン、なんとか日本での販売を無事スタートすることができました。

※フルタヨウスケさんの情報は下記よりご覧いただけます。

http://anpw.cc

http://photography.anpw.cc/

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